教育コラム 2020. 01.

音楽と響きあい

    今から30年くらい前、1989年10月のことです。当時、東ドイツでは、「民主化」を訴えるデモが相次いで発生していました。そんな情況のなかで、ドレスデンの音楽家たちも、国家権力に抗い、「民主化」を訴えました。彼(女)らは、人間の「自由・平等・友愛」という、フランス革命の理念を体現するために、ベートーヴェンの作った唯一のオペラ『フィデリオ』を上演しました。『フィデリオ』は、無実の罪で投獄されて政治犯の夫を、その妻が命がけで救出する、という筋書きのオペラです(『クラシック音楽と冷戦』DVD)。
    オペラが終わったあとで、聴衆はしばらく沈黙していましたが、やがて嵐のような拍手が始まり、鳴り止まなかったそうです。自由への希求が、圧政の恐怖に打ち勝った瞬間でしょう。東ベルリンと西ベルリンを分けていた「ベルリンの壁」が崩壊したのは、それから1ヶ月後のことです。それは、東西ドイツが統一される決定的な第一歩でした。

    音楽は、人の心を動かします。軽快な音楽、勇壮な音楽だけでなく、悲壮な音楽、静謐な音楽を聴いていても、人は心を動かされます。だれにでも、ときどき、どうしても聴きたくなる音楽があるのではないでしょうか。流行や世評にかかわりなく。そんな音楽は、私だけの音楽でありながら、私たちをつなぐ音楽です。音楽の響きは、私たちを響き合わせる響きでもあります。その響きに、私たちがともに心を動かされることによって。
    音楽は、人の心と心をつなぐ力をもっています。たしかに、実際に音楽が人びとの心をつなぐのは、どんな種類の音楽なのか、どんな情況に人が置かれているのか、どんな人たちがそこにいるのか、といった条件に規定されます。しかし、そうした細々とした条件をあげつらわずに、端的に、音楽は人びとの心をつなぐ、と言いたくなります。

    だれそれと「気が合う」、「波長が合う」という言い方があります。会話をしていても、お互いによく知らないのに、なぜか話がはずんたり、時間があっという間にたったりすることがあります。そんな人とは、おそらく人生を生きる生き方が根本的に似ているんだと思います。そんな二人の間では、行き違いや音信不通があっても、早晩、笑い話になります。なんとなく思うことですが、その生き方は、私たちを響き合わせる音楽のようなものかもしれません。

教育顧問 田中智志
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