| 教育コラム 2009. 05. |
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違いと個性 |
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音楽は、香りと同じで、人によって、趣味趣向(好き嫌い)がはっきり出ます。クラシックが好きな人もいれば、ロックの好きな人もいるように。 |
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音楽だけでなく、ファッションにしても、髪型にしても、人それぞれ趣味趣向に違いがあります。こうした趣味嗜好の「違い」のうち、文化的に高級な「違い」をとらえる力を、フランスの社会学者ブルデューは「ディスタンクシォン」と呼びました。 |
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その昔、「違いがわかる男の、○○コーヒー」という、インスタント(!?)コーヒーのCMがありましたが、そこでいわれている「違いがわかる」ことが「ディスタンクシォン」です(例が古すぎたかもしれません)。
こうした趣味趣向の違いは、否定されるべきではなく、ある程度、認められるべきですが、程度もので、「それはちょっと‥‥」という場合もあります。
たとえば、若者が髪を染めることは、ひと昔前にくらべると、広く認められるようになりましたが、それでも「緑色の髪」や「ピンクの髪」は「それはちょっと‥‥」でしょう。 |
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こうした、違いの許容範囲は、暗黙に定められています。いいかえるなら、違いの許容範囲は、「緑色の髪」のような逸脱が生じて、はじめて意識されます。その暗黙の許容範囲こそが、いわゆる「常識」です。 |
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逸脱も、「個性」といえば「個性」ですが、そう開き直っては、個性という言葉の意味が失われます。個性は、奇抜な自己表現ではなく、協同活動への参加です。
というのも、同じ人は二人といないという意味で、人間はだれでも、生きているだけで、個性的だからです。その人らしさは、みんなと一緒に活動すれば、おのずから現れるものです。 |
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(校長 田中智志) |
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