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2010.3.20 山梨学院大学附属小学校卒業証書授与式
 
お祝いの言葉
山梨学院大学附属小学校
校長 田中智志

 みなさん、ご卒業、おめでとうございます。
 今、みなさん一人ひとりに卒業証書をお渡しながら、入学式のことを思い出していました。
 6年前に、はじめてカフェテリアでお会いしたときは、みなさん、まだあどけなく、どこか不安そうにも見えました。この6年間、みなさんは心身ともに大きく成長しました。その成長を心から歓び、また誇らしく思います。それと同時に、この6年間の歳月の長さを改めて感じます。
 これから、みなさんは、中学校に進み、さらに高校、大学へと進学していく、と思います。
 中学校がどんなところなのか、高校はどんなところなのか、と不安に感じているかもしれません。しかし、どんな学校に行こうとも、勉強の仕方は、これまでと同じです。自分で努力すると共に、仲間と意見を交わしあったり、ともに活動することで、そして先生に支えられつつ、自分の考え方を豊かにすることです。
 それは、より多くの知識を身につけるだけでなく、より深くものごとを理解することです。言葉の意味、言葉の歴史を大事にしながらも、言葉や事物を文脈にそって理解することです。物語の全体、自然の全体に位置づけることです。
 
 これからぜひ、やってほしいことがあります。それは、深く理解するものの一つに、「自分自身」を加えることです。教科書の知識だけでなく、「自分」を深く理解することも、心がけて欲しいと思います。というのも、「自分」をよく理解し、前向きに自分をイメージしていると、前向きで人を引きつける行動が多くなるからです。逆に、「自分」を省みず、漠然と後ろ向きに自分をイメージしていると、後ろ向きで人から疎んじられる行動が多くなるからです。自分のイメージが自分の行動を方向づけることは、じつに多いのです。
 自分のイメージ、これを「自己イメージ」といいますが、それはまず、他の人の言葉によって創られます。おとうさん、おかあさん、友だち、先生から言われた言葉が「自己イメージ」の原型になっていきます。たとえば、友だちから「優しいね」といわれたり、親から「そそっかしいな」といわれたりすることで、私たちの「自己イメージ」は、そのように創られていきます。
 こうした自己イメージはもちろん、自分自身によっても創られていきます。そのときの使われる方法が、他の人との比較という方法です。たとえば、「他の人はできなかった問題を、自分は解くことできた」という経験が、「勉強ができる」という前向きな自己イメージにつながります。逆に、「他の人はできたのに、自分はできなかった」という経験が、「勉強が苦手だ」と後ろ向きの自己イメージにつながります。勉強に限らず、スポーツでも、音楽でも、遊びでも、うまくできれば誇らしく前向きな気持ちになり、うまくできなければ暗く後ろ向きの気持ちになります。こうした気持ちがいくつも重なって、何もしていないときでも、自分を誇らしく感じ前向きな気持ちが強くなったり、あるいは逆にそうした気持ちが弱くなったりします。
 したがって、人は一般に、能力が高ければ高いほど、自分を誇らしく思う、ということができます。そのかぎりでいえば、自己イメージを高めるためには、自分の欠点や失敗をなくせばいい、ということになります。たしかに、努力につぐ努力は、能力を高め、成功体験を増やし、自己イメージを高めます。しかし、しばしば忘れられていることがあります。それは、本当の努力をするためには、今ある自分を、そのまま前向きに受け容れなければならない、ということです。自分の欠点、失敗もふくめて、今の自分を素直に認め、受け容れなければならないのです。@自分の欠点に目をつぶり、自分の失敗を他人のせいにして、いくら努力しても、それは自分をよりよくすることにはならないのです。Aまた、自分の欠点に落ち込み、自分の失敗にくさっていては、努力しようとする意欲すら生まれてこないからです。自分の欠点や失敗を認めることは、自分を高める出発点であり、大前提なのです。
 とはいっても、自分の欠点や失敗は、なかなか受け容れられるものではありません。たとえば、人から間違いを指摘されると、だれしも不愉快になります。相手に反論したり、間違いを隠そうとしたりします。そうしてしまうのは、自分の欠点や失敗を認めることは、自分を否定することだ思い込んでいるからです。誤解している人が多いのですが、自分の劣っている所を認めることは、自分を劣った人間と認めることではありません。能力の大きい小さいは、人間の存在、人間の尊厳と無関係です。逆に、自分の欠点や失敗を認め、受け容れることは、自分を高めるための大事なステップです。
 
 自分自身を素直に受け容れるためには、自分をふり返るとき、自分の心の声に耳を傾けるとよいと思います。心の声は、本当に大切なことを教えてくれるからです。また、欠点や失敗はだれにでもある、と再確認するとよいでしょう。欠点のない人、失敗したことのない人など、どこにもいないのです。人にはかならず苦手なものがあり、人生には挫折がつきものです。たとえば、中学・高校にいくと、算数のかわりに「数学」を勉強しますが、算数は好きだったけれど、数学がどうしても好きになれない、という人が少なからず現れます。そういう人は、「もうだめだ」なんと思わずに、「数学が苦手」という自分をまず認めましょう。そして、どこでつまずくのか、先生と一緒に考えてみてください。かならず「なるほど」と思えるところが見つかります。そこから、ゆっくりとですが、数学がわかるようになります。もちろん、どうしても受けつけない、という場合もあります。その場合は、ちょっと大変ですが、そんなときでも、落ち込む必要はありません。数学は、ふつうの人が生きるうえで絶対に必要不可欠なものではないからです。苦手なままでも、さして困ることはありません・u栫B生きるうえで必要不可欠ではないものが苦手だからといって、自分を否定する必要はありません。それは、100メートルを12秒、13秒で走れないからといって、自分を否定する必要がないのと、同じことです。
 欠点や失敗はだれにでもある、自分にもある――そう認めてはじめて、よりよく生きる努力を始めることができます。欠点があっても失敗をしていても、それによってよりよく生きる努力が妨げられることはありません。欠点や失敗を認め、よりよい自分を求めて努力し続けるかぎり、みなさんの人生は、みなさん自身の手で明るく開かれます。欠点や失敗は、のちのちふりかえってみれば、きっと愉しい思い出になります。自分の存在をつねに誇りに思うこと、その誇りにふさわしい努力を重ねること、そのために、自分の欠点や失敗から目をそらさず、受けとめることです。こうした前向きな自己イメージ作りをみなさんに望み、私からのお祝いの言葉といたします。みなさんの未来が明るく輝いていることを、心から祈念しています。
 
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