教育コラム 2016.03

想いの連鎖

 音楽大学は、「天才の墓場」といわれることがあります。大学に入る前、人から「すごいな~」と言われ、専門の先生についてレッスンも一生懸命したのに、大学に入ったら、自分の凡庸さを思い知らされ、夢を諦めてしまう人がたくさんいる、ということです。
 人は、「勝つ」ことを夢見てがんばっても、なかなか結果が出なければ、たいてい、その夢を諦めてしまいます。むろん、「諦めたらもう勝てない」「がんばればいつか勝てる」と考えて、がんばり続ける人もいるでしょう。さらに、「それは無駄な努力だから、諦める勇気をもちなさい」と、賢しらに助言する人もいるでしょう。

 競技会で一位になる、コンクールで優勝する、〇〇賞を贈られる、こうした世間的評価は、たしかに喜びであり、社会が認める「価値」です。それは、社会的に妥当であるとされる規準に従い決められた評価です。こうした価値は強力ですし、人を鼓舞し高めます。
 また、こうした価値を契機としながらも、自分のために自分を追い込み、才能があろうがなかろうが、自分の限界を超えようとたえず努力することも、また喜びであり、自分なりの意味をもちます。こうした自分なりの意味も、人を鼓舞し高めます。

 しかし、社会が強いる価値も、自分なりの意味も、ともに超えるものがあります。それは、学校の先生もマスコミも、めったに教えてくれないことです。とはいっても、それはけっして特別なことではありません。それは、たとえば、人を「想う」という営みです。
 人は、たまたま街で見かけただれかのことを想います。昔、一緒に遊んだ友だちのことを、ふと想いだします。いつも自分を気遣ってくれる親のことを、改めて想います。夜更けに、はるか昔、日本から遠く離れたところで真の愛を生きた人を、篤く想います。そうした想いが心を占めるとき、私たちは、社会の強いる価値も自分なりの意味も超えています。

 「天才」は、社会の強いる価値や自分なりの意味を前提にしているかぎり、いずれ消え去るものです。人は、いずれ老い、衰え、消え去るからです。しかし、言葉に記された大切な想いは、他の人の大切な想いを呼び覚まし、大切な想いの連鎖を創りだします。大切な想いが、人を、はるか遠く離れた人とつなぎます。

教育顧問 田中智志
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