教育コラム 2017.02

二つのユニークさ

 「ユニーク」という言葉は、日本語では、「風変わりな」「普通じゃない」といった、否定形の意味で使われます。一般的なもの、自然なものからずれている、という意味で。
 しかし、英語でも、フランス語でも、「ユニーク」という言葉は、肯定形でも使われます。とくに近年の哲学思想においては、「ユニーク」(「ユニークネス」)は、とても大切な概念として使われています。この意味の「ユニーク」は、日本語に訳すときは、多くの場合、「独自性」と訳されます。そして、この独自性には、二つの意味があります。

 一つは、ユダヤ系のアメリカの哲学者、ハンナ・アーレント(Arendt, Hanna)のいう意味での「独自性」です。アーレントは、人は、何かをあらたに「始める」(begining)ことによって、「独自性」をおのずから体現する、といいます。たとえば、あらたな研究、あらたな事業、あらたな作品作りなどを「始める」ことによって。
 このような「始める」は、他の人からの「承認」を必要としています。他の人が、私の「始めた」ことを価値あるものと承認してはじめて、私は、その「能力」を認められます。たとえば、どんなに本人が「すごい小説だ」と思っても、他の人がそう認めてくれなければ、その小説は、少なくともその人の作家としての「能力」を証すものにならないのです。つまり、「始める」は、他者からの承認を得たり失ったりするリスクをともないます。そして、このリスクを恐れるかぎり、人に「独自性」は生じないのです。

 もう一つの「独自性」は、やはりユダヤ系ですが、フランスの哲学者、エマニュエル・レヴィナス(Levinas, Emmanuel)のいうそれです。レヴィナスは、人はそもそも「特異性」(singularite)、つまり「かけがえのない存在」ですが、他の人との深いかかわりあいのなかで、その特異性を顕わにする、といいます。そして、その特異性を「独自性」と呼びます。
 アーレントが、人を独自的にするものを語ったとすれば、レヴィナスは、人を独自的と気づかせることを語ったといえるでしょう。二人とも、他の人の存在を重視しますが、アーレントの場合、他の人は、顔のない人として、「私」の能力を承認する存在です。これに対し、レヴィナスの場合、他の人は、唯一無二の人として、「私」の存在を顕現させる存在です。
 どちらの「独自性」も、人を育て、教えるとき、欠かせない価値です。

教育顧問 田中智志
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