教育コラム 2017.07

動物の魂

 幼い子どもがよく歩くようになって、母親と一緒に庭に出られるようになると、とても嬉しそうです。母親が草とりをしている横で雑草を引っ張ったり、土をいじったり、じょうろで水をまいたり。ドロドロになりながら、無心に遊びます。
 子どもが何をしているか、どのように遊んでいるか、それはあまり重要ではありません。重要なことは、子どもが親と一緒にいること、かたわらにいること、です。彼の感受性の広がりのなかに、母親がまさにいること、そばいると純粋に感じられること、が大事です。なぜなら、誰かのそばにいたいと思うことは、その人をかけがえがないと感じることにひとしいからです。

 ヨーロッパには、修道院があります。たいていロの字型の建物で、真ん中に広い中庭があります。イタリアのある修道院で、その中庭を修道士が歩いているとき、彼のそばに黒猫がついて歩いていました。尻尾をぴんと立てて、嬉しそうです。きっと毎日の日課なのでしょう。
 その黒猫がどんなふうに感じているのか、考えているのか、定かではありませんが、その黒猫にとっても、修道士のそばにいるとき、修道士をかけがえがないと感じているのではないか、と思います。すくなくとも、私にはそんなふうに思えました。
 本当はどうなのか、擬人化ではないのか、そんなことはどうでもいいのです。だれかのそばにずっといたいと感じることが、とても大切なことであること、その感覚を人が実際に抱き、動物にもそうした感覚を見いだしてしまうこと、この情感的事実が大事です。

 「動物に魂はあるのか」、そんな議論が18世紀のヨーロッパで巻き起こりました。当時の最新の知見が動員され、あるとか、ないとか、議論が戦わされました。ラテン語でいえば、その「魂」は「アニマ」(anima)ですが、そのもともとの意味は、「風」「息」「いのち」です。「いのちの息吹」といえば、わかりやすいでしょう。それは、生きものすべてにあるものです。
 誰かのそばにいるとき、まさに感じられるもの、感じていたいものは、このいのち息吹でしょう。そこにいて、まさに元気に生きていること、です。
 余談ですが、ふだん寝ているときに感じられるのは、息吹ではなく、いびきかもしれませんね。我が家の太りすぎの猫(8キロ以上)も、私の近くでいびきをかいて寝ていますが、彼も私に対して、同じことを感じているかもしれません。

教育顧問 田中智志
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