教育コラム 2017.10

二つの呼び声に支えられて

 人は、二つの方向、いわば上の方と下の方から、声をかけられています。上の方からは「もっとこっちへ」と声をかけられ、下の方からは「大丈夫だから」と声をかけられています。
 この二つの呼び声は、耳で聞かれる声ではなく、心で聴かれる声です。いつも・すでにその声は、私たちに伝えられているのですが、とりわけ上の方からの、進むべき道を示すような声が聴き取れるようになるまでは、いささか時間がかかります。さまざまなことを経験し、欲望に満ちた「自己」を超える準備をしなければならないからです。
 この二つの声は、どこから聴こえてくるのでしょうか。上方からの呼び声は、はるか彼方から届けられます。具体的なかたちを欠いたままに。下方からの呼び声は、心に住まう大切な人から届けられます。その面影とともに。

 この二つの呼び声に応えるようにして、人はよりよく生きようとします。他人や組織の命令どおりに生きるのではなく、自分なりによりよく生きようとします。
 「もっとこっちへ」という上の方からの声は、何かをしようとしているときの、わくわくするような歓びだけでなく、どんよりしたためらい、不安、恐れなども生みだします。「本当にやってもいいのだろうか」「やめたほうがいいんじゃないか」といった感情です。
 「大丈夫だから」という下の方からの声は、そうしたためらい、不安、恐れを乗りこえるきっかけになります。「大丈夫、できます」「大丈夫、いつもそばにいます」という支えとして。

 私の考えるところでは、子どもが大人になることは、この二つの声に聴き従う人になることです。子どもを慈しみ育てるということは、子どもの心をこの二つの声に向けて開かせ、準備させることです。
 この二つの声に聴き従っている子どもは、けっして生きることを諦めません。けっして他の人を痛めつけたりしません。口先では、「もうダメだ」とか、「やってらんない」とか、「人づきあいは面倒」とか、「〇〇は大嫌い」とか、いいながらも。
 そして、生きている歓びを深く感じるのは、まわりの視線ばかりを気にし、キョロキョロしている人ではなく、この二つの声に聴き従いつつ、真摯に生きる人です。いわゆる「良心の呼び声」は、この二つの声に付された名称です。

教育顧問 田中智志
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