教育コラム 2019. 10.

集中し専心するためには‥‥‥

    ずいぶん前のことですが、1990年に、哲学者の市川浩さんが『〈知〉と〈技〉のフィールド・ワーク』という本を出しました。その本には、市川さんがいろいろな分野の専門家と対談した内容がまとめられています。
    興味深かったのは、私と同年代の自動車レースのドライバー、中谷明彦さんの話でした。レーサーは「最高のラップタイムを出したときのことは覚えてないといいますね」という、市川さんの言葉に、中谷さんは同意しつつ、その「覚えてない」理由を説明しています。

    かいつまんで紹介すると、こんな感じです。クルマを運転しているとき、ドライバーは、瞬間瞬間に入ってくるさまざまな情報を瞬時に、また最適に処理しています。刻々と変化する路面の状態、タイヤの状態、エンジンの調子、加速度の感覚、風向きなどを、瞬時にとらえて、より速く走るための操作をつづけています。
    中谷さんは、この瞬間瞬間の対応のうちで、後で思い出せるものは「あたりまえの部分だけであって、肝心な部分というのものはわからない」と述べています。中谷さんのいう「肝心な部分」は、「集中することによって、他のことに対して無心にな」っている状態です。無心になることは、いいかえれば、「集中すること」です。
    中谷さんは、「トレーニングするとしたら、その集中力を身につけることがトレーニングになると思います」と述べています。

    この「集中力」を身につけるうえで、大切なことは何でしょうか。
    レースを離れて、私たちの活動一般について、私なりの考えを述べるなら、持久力をつけることも、心を落ち着かせることも大切ですが、もっと大切なことは、徒労を厭わない、うまくやろうとしない、効率的にやろうとしない、ということではないでしょうか。
    人は、最小の努力で最大の効果を挙げよう、もっと効率的に効果的にやろう、とすると、どうしても活動を客体化・客観化してしまいます。それは、心が活動そのものから離れるということです。そうなれば、無心になれなくなります。
    もちろん、効率的で効果的なテクニックは必要ですが、それを求めていると、集中できなくなります。なんともやっかいなことですね。

教育顧問 田中智志
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