教育コラム 2020. 03.

イマージュと情感

    昭和生まれの人からすれば、昭和の香りがする夕暮れの町並みは、どことなく「寂しさ」という情感をともないます。また、日本で育った人からすれば、春に色づく桜並木を見て、「晴れやかさ」という情感をいだくでしょう。また、六月に降りつづく長雨は、「鬱陶しさ」という情感を生みだすしょう。
    人の表情も、また同じように考えられます。たとえば、笑顔は、「歓ばしさ」という情感を生みだします。歪んだ顔は、「苦渋」「憎悪」という情感を生みだします。「私」が経験する町並みも、桜並木も、長雨も、表情も、情感と一体です。

    フランスの哲学者で、アンリ・ルフェーブル(1901-1991)という人がいました。ストラスブール大学やパリ第十大学ナンテール校で、社会学の教授を長く務めていました。そのせいでしょう、社会学者として紹介されることもあります。
    そのルフェーブルは、1959年に『総和と余剰』という2巻本を出版しました。そのなかに「イマージュ」という言葉についての短い記述があります。イマージュは、英語でいえば、イメージ、日本語でいえば、像、絵です。たとえば、フランス語で「絵本」(livre d' images)というときの「絵」は、イマージュです。つまり「イマージュ」は、ありふれた言葉です。
    しかし、ルフェーブルにとって、「イマージュ」は、重要な意味をもつ言葉でした。学問は、一般に概念を大切にします。精確な概念を作り用いることが、理論を作りだすうえで、とても大切だからです。しかし、ルフェーブルにとって、概念と同じくらい大切なものが、イマージュでした。彼にとって、「イマージュ」は、情感と一体だったからです。

    考えてみれば、絵本の絵も、情感をともなっているから、絵本の絵になります。何の情感もともなわない絵は、ちょっと想像できませんね。数学の本に出てくる図形くらいでしょうか。私たちがふだん心に思い描く像は、みんな何らかの情感をともなっています。
    「イメージ」という言葉は、「漠然としたイメージ」や「イメージ・トレーニング」というふうに使われますが、ルフェーブルは、「イマージュ」という言葉から、私たちの心がどのように世界を見ているのかを教えてくれます。

教育顧問 田中智志
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