教育コラム 2020. 09.

自然の理性

    古代の哲学者にタレス(Thales BC. 624?-546)という人がいます。紀元前7世紀から6世紀にかけて生きていた人で、古代ギリシアにおいて、記録に残る最古の哲学者です。有名なソクラテスが活動した時代が、紀元前5世紀から4世紀ですから、ソクラテスよりも、100年も前に生きていた人です。
    このタレスは、すべてのものの根源(アルケー)を「水」(hydor ヒドール)と考え、すへてのものは、それから生まれ、それへと帰っていく、と考えました。すべてのものだけでなく、神々もまた、水から生まれた、と考えていました。

    19世紀のドイツで、このタレスを取りあげているのが、フォイエルバッハ(Ludwig Feuerbach 1804-72)です。フォイエルバッハは、1841年の『キリスト教の本質』という本の「序言」で、タレスにふれて、「澄みきった水を見つめているだけで、人はどんなに大きな喜びを感じることだろうか!」と言い、「水は、不思議な力で、私たちを自然の深いところに引き込む」と言っています。
    40億年くらい前にもっとも古い海が誕生し、35億年くらいまえにもっとも古い生命がその海から誕生した、といわれています。私たちが「自然」と呼ぶさまざまな動植物が、海という水から生まれた、ということを考えれば、水が、人を「自然の深いところ」に引き込むことも、ありそうです。

    さらにフォイエルバッハは、「水は、人に対し、人自身の像を映しだす」といい、「水は、自分の良識を象るものであり、‥‥‥人の自然の鏡である」と述べています。この「人自身の像」も「自分の良識」も「人の自然」も、同じものを指しています。それは、人の心の奥底に眠っている〈自然の理性〉です。
    フォイエルバッハは、人が水を見ているとき、心の奥底から、この〈自然の理性〉が浮かびあがってくる、と述べています。「水に対するとき、人は、本来の真の自分の像を顕わにする」と。たしかに、私たちは、川の流れ、海の広がりを見ているとき、トラブルや欲望をみんな忘れてしまうことがあります。〈もっと大切なことがある〉と思ったりします。そのもっと大切なものは、フォイエルバッハの〈自然の理性〉と少なからず重なると思います。

教育顧問    田中智志
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